おはようございます・こんにちは・こんばんは

仏光です。
私たちは「言葉の暴力」が日常化した社会を生きています。
SNSを開けば 誰かが誰かを叩き・批判し・嘲笑い
晒し上げている。
まるでそれが正義であるかのように。
けれど、その「正義の仮面」をかぶった言葉の数々こそ
心を蝕む毒そのものです。
お釈迦さまはこう言いました。
「悪口を言う者は
自らの口に泥を吐くようなものだ。」
この言葉が示す通り
誹謗中傷は相手を傷つけるだけでなく
自分自身の心をも汚していきます。
憎しみの言葉を吐けば その毒は必ず自分の中にも残るのです。
現代社会では「匿名性」がまるで免罪符のように使われています。
誰かを攻撃することで
自分が少し強くなったような錯覚を覚える。
けれど 実際には反対です。
人を貶めるたびに 心の奥で
「劣等感」という闇が少しずつ広がっていく。
お釈迦さまが説いた「因果の法則」は
まさにこの構造を言い当てています。
悪い言葉を発すれば その悪意がめぐって自分に返る
これは単なる道徳ではなく、心の働きそのものです。
しかもタチの悪いことに 怒りや嫉妬は伝染します。
ひとりが誰かを責めれば
その波がまた別の人の怒りを呼び 社会全体が不寛容に染まっていく。
今の時代ほど「悪意の連鎖」が
可視化されている時代はありません。
誰かを叩く動画や投稿が拡散され 数字が伸びる。
それを見た人々が快感を覚え また次の“標的”を探す。
まるで人の心が 怒りのアルゴリズム に支配されているようです。
お釈迦さまはこうも言っています。
「他人の欠点を探すな。
自分の行いを見よ。」
この言葉は 今まさにSNSの時代に突き刺さります。
私たちは他人の欠点を指摘することで
まるで自分が“正しい側”に立てたような気になります。
しかし 本当に正しい人は
他人の悪を見つけて喜んだりしない。
仏教ではそれを「慢(まん)」と呼びます。
慢とは、他人より優れていると思い込み
優越感に溺れる心。
慢の炎が強まると 人はいつの間にか他人を踏み台にしてしか
生きられなくなります。
SNSの中で「間違いを指摘すること」が
いつしか「人を叩く快楽」に変わってしまった。
正義の皮をかぶった悪意ほど 恐ろしいものはありません。
お釈迦さまはその危険を2500年前に見抜いていました。
「怒りは怒りで鎮まらない。
慈しみでこそ鎮まる。」
正義という名の怒りをぶつけても 世の中は良くなりません。
むしろ新たな怒りを生み 心を荒らすだけです。
怒りに怒りをぶつけても
炎が倍に燃え上がるだけ。
火には水を。怒りには慈しみを。これが真の智慧です。
誰かを攻撃する人の多くは
実は心のどこかに
「認められたい」「自分は正しい」と叫ぶ弱さを抱えています。
お釈迦さまはそれを「渇愛」と呼びました。
もっと評価されたい もっと上に立ちたい
もっと注目されたい。
そうした欲望が、他人を見下すことでしか満たせない時
人は他人を傷つける。
けれど、その満足は一瞬です。
攻撃しても 心は決して安らがない。
なぜなら 怒りや嫉妬は“飢え”と同じで満たされることがないからです。

では、どうすればこの誹謗中傷の連鎖を断ち切れるのでしょうか?
お釈迦さまの答えは、実に静か。
「他人を変えるな。
まず自らを整えよ。」
人を正そうとする前に 自分の心を観ること。
怒りに飲み込まれた自分
嫉妬に苦しむ自分
正義を振りかざしている自分
それに気づくこと。それが出発点です。
怒りを感じること自体は悪ではありません。
しかし それをそのまま言葉にすれば
誰かを傷つけ・やがて自分の人生をも濁らせる。
沈黙する勇気 距離を取る智慧
そして相手を許す強さ。
それこそが 仏教が説く「静かな戦い方」です。
SNSで誰かを叩く人の中には 現実で苦しんでいる人も多い。
孤独、不安、承認欲求。自分の痛みを誰かにぶつけてしまう。
けれど、それでは苦しみは消えません。
お釈迦さまは言います。
「人を傷つける者は
自らの苦しみから逃げている。」
だからこそ 他人の悪意を見たとき
「あの人も苦しいのだ」と思える心を持てたら
それが慈悲の第一歩です。
相手の闇をそのまま受け入れる必要はありません。
ただ 怒りの下にある“苦しみ”を理解しようとする。
それだけで 世界は少しだけ優しくなります。
そしてお釈迦さまは最後にこう言いました。
「清らかな言葉は
香りよりも遠くへ届く。」
悪意の言葉は一瞬で拡散しますが
優しい言葉は静かに しかし確実に人の心に残ります。
怒りの連鎖を断ち切るには
まず自分の口から出る言葉を清めること。
その小さな一歩が 世界を変えていきます。
誹謗中傷が当たり前になってしまった社会で
「何を言うか」よりも「何を言わないか」を選べる人になりましょう。
言葉を制する者は 心を制する。
心を制する者は、人生を制します。
怒りに燃える時代に あなたは静かでいられますか?
憎しみに満ちた世界で あなたはやさしくいられますか?
もしその問いに「はい」と答えられるなら
あなたの中にはすでに仏の心が芽生えています。
合掌
