人との勝負こう考えたらもう負けてます。勝敗の良い捉え方とは?

勝ち負けの看板役立つ仏教知識
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おはようございます・こんにちは・こんばんは

かけっこ

Ichiです。

皆さん 勝ち負けにはこだわる方ですか?

一生懸命練習を重ねて 対戦相手を負かした時あなたは優越感に浸ることが出来るかもしれません。

もちろん自分と向き合い 練習してきた日々は素晴らしいものです。自分を褒めてあげるべきだと思います。

しかし仏教的に言うとあなたは人との勝ち負けにこだわった時点でもう負けているのです。

お釈迦さまは勝ち負けについて

 

「勝利は憎しみを生む 敗者は苦しんで過ごさなくてはならない

勝ち負けを離れて 心静かな人は幸せな気持ちで生きられる。」

 

と仰っています。

確かにそうですよね。人との争いには必ず勝者と敗者が生まれます。

勝者は完全なる勝ち組のように思われるかもしれませんがですが そうではありません。相手に勝った時点で相手から恨まれてしまいます。

敗者はその負けた苦しみで苦しみ続ける事になります。相手を恨み続けます。

人との争いは勝っても負けても不幸の種を生み出してしまいます。これでは心はいつまでたっても穏やかになりません。

表彰台

それでは世の中の勝ち負けの結果がついてしまう物事について私たちはどう向き合っていけば良いのでしょうか?

一つ例を出したいと思います。私は趣味でテニスをしています。

その中でレジェンドと呼ばれるテニスプレイヤー ロジャーフェデラーという選手がいます。

彼はもう何百勝という勝利を重ねているのですが 全ての選手から尊敬されています。彼はなぜ負けた選手から恨まれていないのでしょうか?

私は彼が人と戦っているのではないからだと考えています。

では彼は何と戦っているのでしょうか?

そう自分です。彼は自分と向き合い自分と戦っているのです。

自分と戦っている人は相手に対して好戦的な態度を見せることはありません。試合中はとても紳士的な態度で振る舞います。

自分が勝利しても優越感に浸ることはありません。負けた相手に対して尊敬の念を持ち接します。

これこそ本当の人との勝負の捉え方なのではないでしょうか?

結果的に勝ち負けはついていますが お互いに自分と向き合いベストを尽くす お互い自分との勝負なのでどっちが優れているのかなんて大した問題ではありません。

自分は自分の挑戦を讃え 相手の挑戦を讃える。これこそ理想的な人との勝負の捉え方ではないでしょうか?

皆さん 人との勝敗がついてしまうことがある時はぜひ自分との戦いを意識してください。
相手を負かそうとか 相手より有利に立ちたいと思ってはいけません。

勝ったとしてもあなたは相手に恨まれ続けるし あなたは誰かに負ける日が来る事に怯え続けなければなりません。

戦うのは常に自分自身。忘れないでください。

合掌