お釈迦さまの遺言 お釈迦様が最後に伝えたかった『自灯明・法灯明』の教え

涅槃像役立つ仏教知識
スポンサーサイト様

おはようございます・こんにちは・こんばんは

横たわる御釈迦様

Ichiです。

お釈迦さまは三十五歳に悟りをお開きになり その後の生涯(四十五年もの間)

ずっと仏教の教えを様々な方にお説きになりながら伝道の旅を続けていました。

同じ場所に留まらなかったのは 同じ場所にいるとその土地や持ち物に執着したり・人間関係のしがらみなどが生まれ修行の妨げになるからと考えられています。

八十歳になり自分の死期が近いことを悟ったお釈迦さまは 弟子のアーナンダと最後の布教の旅に出ます。

その旅の途中鍛冶屋のチュンダと言う人物に食事をお供えしたいと言われ その食事を食べたお釈迦さまは体調をくずしてしまいます。

激しい下痢におそわれながらも お釈迦さまはクシーナガルを目指します。

病に苦しみながらも お釈迦さまは鍛冶工チュンダのことを思いやりチュンダへのことばをアーナンダに託します。

クシーナガルに着いたお釈迦さまはアーナンダにこう言います。

「チュンダは私に最後のお供養の食物を施したのだから 利益があり・大いに功徳があるのだ」と。

お亡くなりになる当日 スバドラという行者がお釈迦さまの死期が近いことを聞きつけてお釈迦さまに会いに来ます。

アーナンダはお釈迦さまは疲れているといって面会を拒絶しますが それを聞きつけたお釈迦さまは面会を許可しスバッダに法を説かれました。

感銘を受けたスバドラは出家し お釈迦さまの最後の直弟子となったと言われています。

お釈迦さまはアーナンダをはじめとする修行者たちに告げられます。

「わたしが説いた教えとわたしの制した戒律とが

わたしの死後にお前たちの師となるのである」と。

これを仏教では『自灯明・法灯明』の教えと呼んでいます。

お釈迦さまは自分が神様のように扱われるのを望まず ただ教えだけを伝えたかったのです。

お釈迦様と弟子

さらにしばらく法を説かれたあと、お釈迦さまはこう言われます。

「さあ、修行僧たちよ、お前たちに告げよう

もろもろの事象は過ぎ去るものである。おこたることなく修行を完成しなさい」

これがお釈迦さまの最後のことばであったと 経典は伝えています。

仏教を開かれたお釈迦さまは 一人の人間として 安らかにその最期を迎えられたのでした。

私たちは今 非常に不安定な状況で日々生きています。

インターネット・スマートフォンにより日々膨大な量の情報に触れ 自分という者の存在価値が非常に希薄に感じてしまうことが多いです。

世の中の物事が移り変わるスピードは昔とは比べものにならないぐらい早くなりました。

何年か前の常識などまったく通じない世界に私たちは生きています。

親の常識では通用しない世界です。親の言う事を聞くだけでは今の世を生きていくのは厳しくなっています。

私たちは学ぶ事をやめてはいけません。そして心の支えとして仏教の教えが必要だと私は考えています。

自分を大切にすることを常に意識しましょう。

自分の機嫌は自分で取りましょう。自分のルールを作りそれを守り続けましょう。

この自分自身を拠り所にする考えは 膨大な量の情報と付き合っていく現代社会で非常に重要な心構えだと思います。

他人の意見に自分の心を乱されないスキルはこれからの社会を生きていく上で必要不可欠なものになるでしょう。

皆さん生きづらくなって息が詰まりそうになったらぜひこのお釈迦さまの教えを思い出して 自分を大切に・自分のことを信じて日々精進してください。

自分を灯火として この世界を生きる。

他の人の意見・日々入ってくる情報に心を惑わされてはいけません。

常に自分自身と向き合い。悔いのない人生を送れる選択をし続けましょう。

合掌