愛欲に執着する 恐ろしさ

束縛された もの役立つ仏教知識
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おはようございます・こんにちは・こんばんは

依存

Ichiです。

私たちが生まれてから死ぬまでずっと求め続けるもの 

両親からの愛・友人からの愛・恋人からの愛

現代人の心はいつも愛を求め 乾いた状態にいます。

少しでも愛がなくなってしまったら 自分は生きている意味がない・価値がないと思い込み 他の人に依存し 人のご機嫌ばかりうかがう人のなんと多いことでしょう。

多様性が叫ばれる今 人の心は昔より安定しづらくなりました。

多様性が悪いわけではありません それは人の可能性を大きく広げるものですから。

しかしそれは人の心を安定させるものではありません。

正解が多すぎるのです。

なんでもありのように感じてしまう世の中になってしまったのです。

何が正解で 何が不正解かわからない。

こんなとても自由なようで とても不自由な世界に私たちは生きているのです。

この世界でしっかりと生きるためには自分自身が 自分を大切に・自分をしっかり愛さなければなりません。

それが出来ないと 人の心は非常に不安定な状態になります。

そんな不安定な心をなんとかして欲しいと 愛欲に期待・依存してしまうのです。

非常に危険な状態です。

お釈迦様は愛欲について

 

「愛欲に溺れる事は先端が甘く熟しただけの果実を食べるようなもの

嬉しがって夢中で食べると とても苦い。

愛欲に溺れる事はたいまつをずっと持っているようなもの

たいまつを手放さないその手は じきにたいまつの炎に焼かれる事だろう。

愛欲に溺れるのは愚か者のすることだ」

 

と仰っています。

愛欲に溺れる事はとても気持ちの良い事です。

他の人に自分が愛されている・認めてもらえていると感じる時 脳内には沢山の幸せを感じるホルモンが分泌されます。

私たちはこの快感の虜になってしまっているのです。

この快感がもっと欲しい・もっと欲しいと 他の人に期待し・依存し続けてしまうのです。

しかしお釈迦様が仰るとおり それは愚か者がする行為でこの快感に浸れば・浸るほど自分自身の心は徐々に壊れていきます。

人に依存・期待するということは 自分自身を適当に扱うこととイコールなのです。

他の人に期待することは 自分の思い通りにならないものに自分の心を委ねている状態。

他人の機嫌の良し悪しに自分の心は揺れ動かされ・疲弊し 自分に対する尊厳・自信を失い自分自身の足で人生を歩めなくなってしまうのです。

これが愛欲に虜になってしまった人の成れの果て。

私は皆さんにこんな寂しく・辛い人生を歩んでほしくはありません。

束縛

皆さん 愛欲に溺れないようにしましょう。

人生とは自分の足でしっかりと歩いていくものなのです。

愛欲に溺れようとするのは自分自身から出た甘えなのです。

今の世は自分を不安にさせる膨大な情報がインターネット・スマートフォンを通じ 絶え間なく流れています。

心を乱されてはいけません。他の人と自分を比べてはいけませんよ。

自分が他の人よりも劣っていると感じた時 愛欲に溺れたいと自分の心が誘惑されるのです。

あなたは常に他の人と対等。

自分自身に自信を持って 自分を大切にし 愛に翻弄されないようにしましょう。

愛欲は綺麗なものではない。愛欲は強い力を持った煩悩である。

ぜひ心に刻んでおいてください。

合掌

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