スポンサーサイト様

悪口を恐れない それはどうにもならないのだから

怒っている 猫 役立つ仏教知識

おはようございます・こんにちは・こんばんは

悩む 女性

Ichiです。

自分は軽々しく使っているのに 他の人に使われると非常にショックなもの

悪口

「私は人の悪口を決して言わない。だから他の人に悪口は言われていないはず」

「私は人畜無害に生きている。だから悪口など言われるはずもない」

「自分は上手く人生を生きているから 悪口など言われていないはずだ」

こう考え自分は悪口を言われていないと思っている方が 意外と沢山いらっしゃいます。

本当にそうなのでしょうか?

私たちの中に誰にも悪口を言われないで生き続けている聖人のような者がいるのでしょうか?

 

「この世の人間どんな人でも どこかで誰かの怒りを買ってしまっている。

だから他の誰かに悪口を言われるのは当たり前。

悲しいかな 過去・現在・未来 これからもずっとこの事実は変わらない。

しょうがないことなのである。悪口などに心を乱されることのないよう 聞き流すのがよい」

 

これが悪口に対してのお釈迦様の答えです。

私たちは何故か自分だけは特別な存在だと思い込み 「誰かに悪口など言われているわけはない」と信じ日々を生きています。

しかし 世の中にはいろいろな考えを持った人がいます 自分の常識が全く通じない方もいらっしゃいます。

以前 批判について書いたことがありますが

(批判についてはこの記事を参照してください)

非難はどうやっても起こります。気にしないで!!
皆さんの新しい行動や発言に対していい結果が起き始めた頃に必ずと言っていいほど起きるのが非難です。 私たちは非難とどう向き合えば良いのでしょうか?

どんなに大人しく生きていても 他の人の怒りを買ってしまうもの。

できればこの世界の全ての人と分かち合って生きていきたいですが それは叶わない願いなのです。

自分だけ特別ではないのです 聖人のように誰も傷つけないように生きようとしても他の人と共存している以上は誰かの怒りを買い・誰かに悪口を言われているのです。

苦しむ 女性

私たちはこの真実をしっかり受け止めなければなりません。

「自分も誰かに悪口を言われいてる 悲しいけれど それは仕方のないことなんだ」

この気持ちを常に心の中に持っておく必要があるのです。

人は仕方がないことだと諦めるができれば 心が軽くなるのです。

一番してはいけないことは「どうにかなる」「私なら出来るかもしれない」と仕方がないことに対して希望を持ち続けること。

心の優しい方は特にこの考えに陥ってしまい他の人に悪口を言われたことを 自分の力不足だと思い込み・自分を傷つけてしまっているのです。

人生を生きていく中で諦めるということは 何かを継続し続けることより大切な事です。

決して後ろ向きなことではありません。

自分の心が辛くなってしまうものなら無理に持っておく必要はありません。すぐに捨ててしまいましょう。

皆さん 悪口は言われるのは仕方がないことだと諦め 気にせず前を向いて進んでいきましょう。

悪口などにビクビクする必要はないのです。自分の心を乱さないようにしましょう。

自分の心の安定を軸にして 不要なものを捨て 必要なもの・正しいものを選び取ることを仏教では 選択(せんちゃく) と言います。

悪口を言われることに臆病な心を捨て 自分の心を穏やかにしてくれる道を選び続けましょう。

合掌

関連コンテンツ



役立つ仏教知識
スポンサーサイト様
シェアする
いちをフォローする
スポンサーサイト様