一切皆苦 この世の真理を表す言葉 その意味とは?

悩む人 役立つ仏教知識
スポンサーサイト様

おはようございます・こんにちは・こんばんは

苦しむ人

Ichiです。

皆さんの人生は今 充実していますか?

なかなか思うようにいかず 苦しんでいる方も多いのではないでしょうか?

長い人生において 物事というものは思い通りにいかないことが多いです。

自分の思い通りにならないことに対して憤りや苦しみを感じ・悩んでしまう時 たくさんありますよね。

お釈迦さまは悟りを開いた後 真っ先に「一切皆苦」(人生は思い通りにならない)とお説きになりました。

一切皆苦は仏教の基本的な教えであり 最初に理解すべき真理です。

仏教でとは「自分ではどうにもならないこと・選択できないこと」を意味しています。

人は生きている中で快・不快を感じながら生きています。

その中で人はできるだけ快を多くし・不快を少なくするように つまり嫌なことを減らし・いいことを多くしたいと日々生活しています。

しかし現実の世界は人間の快不快の感覚とは関係なく日々変化し続けています。

人間が快と感じる方向へ現実を変化させることはある程度はできます しかしある程度であって全て思い通りにはなりません。

この状況 つまり出来れば自分の意のままにしたいが 本質的に自分の思い通りにならないこの現実を仏教では一切皆苦と表現するわけです。

皆さん「四苦八苦」という言葉を聞いたことはありませんか?

最初の四苦は「生老病死」とも言われます。

生 生まれる苦しみ(どこに・どんな姿で生まれるかは選択できない)

老 老いる苦しみ(老から逃れことはできない)

病 病の苦しみ(病気を完全に避けることはできない)

死 死の苦しみ(死から逃れることはできない)

後の四苦は

愛別離苦(愛する人と別れが来てしまう苦しみ)

怨憎会苦(嫌な人・会いたくない人と会わなければならない苦しみ)

求不得苦(求めても手に入らない苦しみ)

五蘊盛苦(肉体・精神があるために生まれる苦しみ)

このように私たちの世界には苦がたくさん存在しています。

上にあげた 四苦八苦は私たちの力ではどうする事もできません。あがけばあがくほど苦しくなってしまいます。

では私たちはどう苦と向き合えばいいのでしょうか?

それは 苦 を受け入れるのです。

この世界の全てのものは生まれ そして滅していくのです。

この流れを止めることは誰にも出来ません。どんなにお金を持っていても有名人でも 優れた能力を持っていても死は誰にでも平等に訪れます。

私たちはこれに逆らい執着することで苦しんでいるのです。

自分の力ではどうしようもない事に悩み・苦しんでいるのです。

人生をあきらめましょうといっているような意味合いにとられるかもしれませんが 「あきらめる」という言葉には「諦める」のほかに「明らめる」と書いて

「物事の事情・理由をあきらかにする」という意味もあります。

「人生を諦める」のではなく 仏の教えを正しく認識し「人生を明らめる」 ことにより自分の心を自由になることができるのです。

一度肩の力を抜いて深呼吸し 自分に問いかけてみましょう。

自分の人生が上手いかないとただ嘆いている時間に何の意味があるのでしょうか?

あの人と自分を比べて落ち込んでいる時間には何の価値があるのでしょうか?

人はいつか死にます。そんなことに時間を費やしている事が 一番意味のないことだと私は思います。

皆さんにはこの真理(一切皆苦)をまず受け入れていただき 日々自分の出ること・やるべき事に向き合っていただけたらと思います。

一切は思い通りにはならない。

だからこそそれを理解すれば 思い通りにしようとするアクセルの空ぶかしをするような 愚かしい生き方を止めるようになります。

あなたには必ず自分が満たされる生き方があります。それを見つける方法は行動するしかありません。

自分で考え自分の行動に覚悟を持って行動する。これしか自分の人生を充実させる方法はありません。

歳をとったとか 時間がないとか言っている暇はありません。行動し続けてください。

合掌

関連コンテンツ



役立つ仏教知識
シェアする
いちをフォローする
スポンサーサイト様