死は必ず訪れるもの その時私たちの手の中にあるものは?

空役立つ仏教知識
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おはようございます・こんにちは・こんばんは

空

Ichiです。

皆さん 自分が死んだ時にあの世に持っていけるものはなんだと思いますか?

お金・所有物・身の回りの人 私たちは何ひとつあの世に持ってはいけません。

では死ぬ時に手に残っているものとはいったいなんなのでしょうか?

 

「私たちが死ぬ時に手に残っているのは

 

あなたが人生で行動した業・話してきた言葉の業・心の中で考えた思考の業

 

たったこれだけである。」

 

お釈迦様の言葉です。

業とは人間の行動・言葉・考えによって行われる善悪の行為のことで

良いことをすると善業が得られ 悪いことをすると悪業が自分の中に蓄積されていきます。

私たちはこの業の報いだけを持って あの世に旅立っていくのです。

この世でいくらお金を自分のために稼いでも・自分の名誉のために高い地位になっても・自分の周りに取り巻きが居ても最後はなんの役にも立たないのです。

それどころかそれにより誰かを傷つけたり・恨みを買ったり・妬まれたりしたらそれは自分にとって悪業になってしまいます。

私たちは日々 自分がする 行動・言葉・思考 全てに問い続けていかなければなりません。

「これは善業なのか?悪行なのか?」と。

この考えを持っていると自己中心的な考えがなくなると思います。

何故なら自己中心的な考えは全て悪業になってしまうから。

自分だけ成功すると言うことは他の人を蔑ろにすると言うことなので 善業にはならないからです。

蓮の花

ではどうしたら善業を積み重ねる事が出来るのでしょうか?

私は「自分だけ勝とうと思わない事」ではないかと考えています。

自分一人だけ人生を良くしようと思うのではなく 周りの人と共に人生を良くしていく 人生の階段をみんなと共に上がっていくようなイメージでしょうか。

自分を勝たせ 皆も勝たせる そのために自分が努力を積み重ね 皆を引っ張っていくために 皆よりも少し先にいく。

これが理想的な善業の重ね方です。自分と周りの大切な人 両方とも幸せにする事が善行なのです。

これこそ自分が死ぬ時にも財産になる唯一のものなのです。

私たちは未来に続く善業を積むために 身体・思考・言葉を常に整えておかなければなりません。

私たちが最後に誇れるものは生きている間にどれくらい善業を積み上げる事が出来たのかなのです。

そのことを忘れてはいけません。その場しのぎの悪業の誘惑に惑わされてはいけません。

今日からでも遅くはありませんよ。皆と共に人生を幸せにする善業を積み上げましょう。

それこそが自分が死ぬ時に胸を張って持っていける唯一のものなのですから。

合掌

 

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