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悟りってどういう状態なの?悟りの境地?悟るとどうなる?

役立つ仏教知識

おはようございます・こんにちは・こんばんは

座禅する人

Ichiです。

皆さん 悟った とたまに耳にするかと思いますが

悟りとは実際どのような状態のことを表しているのでしょうか?

悟りとは知らなかったことに気付くことであり 宗教上の悟りは迷いを拭い去って永遠の真理を会得することとされています。

仏経における悟りの解釈は宗派によって違います。

大まかに共通している考え方は 真理に目覚めること・迷いを払拭することです。

諸行無常・諸法無我の真理を理解し 涅槃寂静の境地に至ることで 煩悩から解放されるというのが仏教的に悟りを得るということです。

(諸行無常については)

諸行無常の意味とは? 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
皆さんが一度は耳にした事がある「諸行無常」いったいどんな意味なのでしょうか? そこには仏教の真髄が語られています。

(諸法無我については)

真理を解く キーワード 諸法無我とは?
諸行無常(全ては移り変わるもの)から並び続く真理に「諸法無我」という心理があります。 どのようなものなのでしょうか?

(涅槃寂静については)

涅槃寂静 仏教の根底にある教え 解説します
今回は仏教が目指すべき境地「涅槃寂静」についてお話しします。 仏教の教えの真髄・最終目的地です。ぜひ読んでみてください。

を参照してみてください。

仏教では悟りの中にも段階があり 低い悟りから高い悟りまで全部で52の位があるといわれています。

これを 悟りの52位悟りの52階菩薩の52階と表現したりします。

この悟りの中でも52段目の最高の悟りを仏の悟りといいます。

また仏覚(ぶっかく)・無上覚(むじょうかく)とも言われます。

インドで古い時代に使われていたサンスクリットという言葉で「目覚めた人」を「ブッタ」と呼び 悟りを開いたお釈迦さまは「ブッタ」と呼ばれました。

これが後に中国で「仏陀」となり その後日本に伝わり「仏」となりました。

今の世で最初に誰にも教えられずに 一人で完全な悟りを開かれた釈尊だけを「仏陀」と呼び。

その後 釈尊の指導で釈尊と同じく完全な悟りを開かれた弟子たちは その悟りの階梯の呼び名で「阿羅漢」と呼んで区別しています。

お釈迦さまが何を悟ったのかは諸説ありますが「縁起」という内容のものが有名です。

縁起とはどんな物事でも独立して存在しているものではなく常に他のものと関係し合っている。

そしてそれは常に変わり続けていくものである。という意味です。

お釈迦さまはこの「縁起」の法則を使って生老病死から人を解放するにはどうすべきかを明らかにしたと言われています。

そしてお釈迦さまはこの世の苦の根源は「無明」(無知・迷いのこと)なのだと気付きます。

人は無知ゆえに迷い 物事に対して愛憎の念を持ち 物事を定まったものと捉え 執着し苦しむのです。

全ての物事は「空」であり「無常」なのです。

座禅する人

私たちはこの真実に対して見て見ぬ振りをしています。

理由はシンプルに怖いからです。

自分という存在がなくなってしまう事が怖い 自分の持っているものを失うのが怖い。

自分は永遠にこの世に存在し続けたい そう願っています。

しかし その願いは叶う事はありません。

人はどんなに偉くても どんなにお金を持っていてもいずれは浄土に行くことになります。

この事実は変えようがありません。

では私たちはどう生きたらいいのでしょうか?

私は物事に執着されず まず自分を大切にし周りにいる人たちを幸せにして生きていく事ではないかと思っています。

人・物事には必ず終わりがきます。そのことを前向きに捉えるのです。

自分をもっと大切にしましょう。

あなたが自分と比べて優れていると思っている人もいずれはいなくなってしまいます。

あなたとその人の終着点は一緒なのです。たいした差なんてありませんよ。

自分存在をしっかりと認め肯定した後

周りの人を幸せにする努力をしましょう。

自分を肯定した人は 他の人に対して純粋な優しさを与える事が出来るはずです。

人生は一度きりです。

自分や他人を責めることに時間を使うことをやめましょう。

時間の無駄です。自分のやりたいことを精一杯やりましょう。

今回の記事 内容が難しくなっていましましたが 仏教の中で最も重要な部分であると思うので

これをきっかけに 悟りについてご自身でより深く学んでいただけたらと思います。

合掌